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のついたものは成人向けです。お気をつけ下さい。

かいせつ

きみはそうなの?  
あなたがそうやって、 
君が幸福になることは 
すれちがいでしあわせ 
あきれるほど愛しい 注意・死にネタ
「もしもし」 
満足 
ぬれば 
神託 
支配者

誰にもあげない。僕の、絶望。注意・死にネタ
夢想
砂糖菓子の休日
おさななじみの君へ
Pudding
たちあがる
夢見るM
エゴ
おとめ
宝物

巻き戻して
I can't brake his person.
検証  結果
痛くない
販促活動
うそつき
おかあさん、
大人こども
優しいひと
白い変人

ピクニック
名称未設定
幸福の王子様
愛を込めて贈る
誰にも内緒でここに来たの

僕は知っているけれど
泣けないで笑う人を
はっぴーばーすでい
天岩戸
遠乗り

なれない、
我慢なんてできない。注意・死にネタ
おはようからおやすみまで
君がいない注意・死にネタ
ロイドさん、
夢から覚めたら
合コン

廻るものなら
恋だとしたら
スザクくんと
ロイドと
待ち人来る
きみがいる

ソーダバー
夢みた終わり
あのね、
悲しいときに
遠征にて
白い魔女と




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かいせつ:
『きみはそうなの?』11話ネタバレ。スザクの絶望と動揺。
『あなたがそうやって、』スザクの独白。ロイドへの想い。
『君が幸福になることは』スザロイ。スザクが伯爵の屋敷で初体験。
『すれちがいでしあわせ』飛び跳ねて喜ぶ白スザク。パーツを見て笑う黒ロイド。
『あきれるほど愛しい』注意・死にネタ人間らしい感情に苦しむロイドの、スザクへの思い。
『「もしもし」』15話後、16話前。スザクを大事なルルーシュにちょっかいをかける、ロイド。
『満足』17話ネタバレ。スザロイ。人間に近づいていくロイド、それに気付くスザク。
『ぬれば』18歳未満閲覧禁止。欲望のスザクと流されるロイド。
『神託』ナナリーのお兄様観察日記。スザクが大事なルルーシュを、スザクとルルーシュが大事なナナリーがみてる。
『支配者』18話ネタバレ。シュナイゼルに寒気を覚えるロイド。

『誰にもあげない。僕の、絶望。』注意・死にネタ23話以降未来If。スザクを独占出来たルルーシュと、それでもロイドがすきなスザクと、あることを忘れた幸せなロイド。
『夢想』 ギルフォード→コーネリア。騎士姫。主従愛。
『砂糖菓子の休日』スザユフィ。騎士姫パラレル。本編沿いの話だけど設定がパラレル。
『おさななじみの君へ』タラシの初恋。スザクの胸に秘めたルルーシュへの思い。
『Pudding』ロイルル(スザ)。スザロイ要素なし。ルルスザは親友。ロイルルは主従。
『たちあがる』人間らしくないロイドが人間失格のスザクに優しくする。
『夢見るM』注意・暴力ネタルル→スザ。ドSの夢を見るルルーシュ。
『エゴ』Cルル、ルル→スザ、スザロイ。19話の後、20話前。不遇のルルーシュとほのぼの特派。
『処女(おとめ)』スザロイ。恥らうロイドのっかり受、攻スザク。
『宝物』スザロイ。ロイドの宝物。紙飛行機と重ねてスザクを夢みがちに見るロイド。

『巻き戻して』天才型変な人ロイド。スザクと事故でキス。
『I can't brake his person.』周囲から浮いたロイドの独白+どたばた劇。
『検証』スザロイ。失踪後の報告書。 『結果』経緯。
『痛くない』DVD9巻ピクチャードラマ、SE9ネタバレ。僕スザクと俺スザク。
『販促活動』ルルC、ルル→スザ、特派。ギャグ。フィギュアやプラモを買う。
『うそつき』スザロイ。素直になれないロイド。
『おかあさん、』パラレル。スザロイ前提・ランスロット×ロイド。
『大人こども』ラブラブなスザロイ。変デレ。君より重い命はない。
『優しいひと』ロイドの独白。喋るほど墓穴を掘る+おまけ
『白い変人』スザロイ。らしくない二人。もっとスザクの心が弱かったら。もしくは、スザクとロイドを見た目だけで判断したら。

『ピクニック』特派でピクニック。春の宗教行事
『名称未設定』LostColorsの主人公×ロイド。スザクがゲームの主人公みたいだったら、というスザロイ?
『幸福の王子様』ルル←ロロ。1話ネタバレ? 童話の「幸福の王子様」の、ツバメになりたかったロロ。
『愛を込めて贈る』スザロイ。25話から1話の間、閑話休題。こんな平和な筈がない、けれど。
『誰にも内緒でここに来たの』シュナナナ。
『7』6話ネタバレ。スザロイ。ランスロットが痛いとロイドも痛い。
『僕は知っているけれど』8話ネタ。スザロイ。嫁入り宣言。
『泣けないで笑う人を』12話ネタバレ。スザ→ロイ
『はっぴーばーすでい』スザロイ+キャメロット。スザク誕生日祝い。
『天岩戸』18話ネタバレ。19話予告から妄想。閉じこもるスザクと出てきて欲しいロイドでスザロイ。
『遠乗り』22話ネタバレ。スザロイ・ルルC前提、ロイドとCCが連れ立って乗馬し会話する。

『なれない、』23話ネタバレ。スザクを救えないロイドと、ロイドに救われたニーナと、ロイドに縋るスザク。
『我慢なんてできない。』注意・死にネタマオCエンドと、マオとCCとルルーシュとロロの同居中会話
『おはようからおやすみまで』最終回前スザロイ。スザク視点で同棲生活。
『君がいない』注意・死にネタ最終回ネタバレ。ルルスザロイ。
『ロイドさん、』パラレル。『おかあさん、』続き。ランスロット×ロイドとスザク×ロイド。
『夢から覚めたら』最終回後でスザロイ。ミルクティー。現実は悪夢よりも痛い。ロイドの言葉が届かないスザク。
『合コン』9話ネタでスザロイ。ラウンズらしくないラウンズと、貴族らしくない貴族。

『廻るものなら』Re;の後のスザロイ。輪廻するなら。
『恋だとしたら』最終回後でルル←スザ←ロイ。終わらない片思い。
『スザクくんと』最終回後スザロイ。喧嘩してすれ違って、でも側に居るロイド。
『ロイドと』(スザ)ロイド+ルル。最終回前に、二人がスザクをきっかけに親しくする。
『待ち人来る』最終回後でスザロイ。正体を隠しつつ帰ってきたスザク。
『きみがいる』待ち人来るの世界沿い、最終回後。スザロイ。二人で海に行く。ロイドに寄りかかるスザク。

『ソーダバー』きみがいるの続き。アイスを分け合う。墓参り。
『夢みた終わり』最終回後のスザロイ。死なない約束
『あのね、』スザロイ。壊れてると自称するロイドと、それを否定するスザク。
『悲しいときに』ゼロレクイエムから数年後のスザロイ。スザクに言いたかったことを伝えるロイド。
『遠征にて』最終回から数年後のスザロイ。ゼロであることに苦悩するスザクが泣く。ロイドが宥める。
『白い魔女と』ゼロレクイエム前。CCにピザを奢るロイド。スザロイとルルCの契約関係について話す。


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廻る(めぐ-る);回って戻る




「生まれ変わり?」
「そ。新しい命。そういう概念があるって聞いたよぉ」

 瞬きをしてゼロの仮面を持ち上げた。来世。
「過去の罪は彼がぜぇんぶ持っていってくれたって思えばいいんじゃない?」
 ってラクシャータが!
ロイドがくるくる回って笑っている。
「ロイドさんはラクシャータさんと仲直りされたんですね、良かった」
「ううん、セシル君からの伝え聞き!」
「でも、そんな上等なものじゃないですよ」
 苦く笑う。現在の、ゼロの中身は。
「中の人なんか居ません。僕はただの内臓です」
 もう逝ってしまった。この仮面はただの、抜け殻で。
「どうかなぁ?君のやり方次第じゃない?」
 投げやりにロイドが言ってしまってしゃがみこんだ。
「ロイドさん?」
 顔を上げない。
「命なんてただ物体の肉体が消えたら終わるものだっていうのが科学なのにねぇ」
 非科学的!と声を上げてロイドが立ち上がった。
「キミ、いつになったら消化するのかなぁ?」
「消化ですか?」
「生きてる間中ずっと?いいよぉ、それでも」
 にこにこ笑うロイドが何を言っているか、スザクにはまったく見当もつかなかった。
ただロイドの前では、ゼロではなくただのスザクなのは、確かだった。





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恋だとしたら


「君、学校で恋の話とかするの?」
「え?」
「セシル君が言ってたよぉ」
 恋愛っていう概念だと、君、もてるんだって?
くるくるとロイドの目が楽しそうに動いていた。
「ええと、もてる、という程じゃないです」
「本当に? 恋ってなんだい?病気かい?」
「愛は奪うものですね、時に」
 スザクの笑顔に、ロイドがふうんと頷いた。
「人間相手に惚れこむなんて信じられないけど」
 君みたいな子が。

鼠をいたぶる猫のようにロイドが目を細める。
「僕は、振られてばっかりです。片思いが多いですし」
 スザクは一切気付かないまま頷いた。
「あっはぁ、君、面白いねぇ」
「そうですか?」
 上機嫌になったロイドを、スザクは不思議そうに見ていた。












「君、政庁で恋の話とかするの?」
「自分には、そのような事はもう許されません」
「ふうん。でも通りすがりの女の子を助けたりとか、してるらしいじゃない?」
 くるくると人差し指を立て、ロイドが仮面を回す。ゼロの仮面、皇帝の残した願いを。
スザクは乾いた目でそれを眺め、止めはしなかった。
「いけませんか」
「ううん」
 ぱし、と仮面を両手で取り上げ、スザクがロイドを睥睨した。
その目に熱はない。
「ねえ、顔を見なくても好きになれるって、すごいよねぇ!
 本質がわかりもしないのに入れ込むなんて」
 あ、わからないからこそ好きなのかなぁ!
やけに楽しそうに話すロイドから、スザクが離れる。仮面を手にしたまま、執務机に座る。
「判ったら戻れなくなるから、知らない方が、いいんです」
「君らしくない! もっと、分かり合うとか奇麗事を言うんじゃないの?」
 今度はロイドが執務机に身を乗り出して、スザクを見下ろした。
「もう、判ったんです。全部。奇麗事で世の中が動かないってこと」
「あーやだやだ。そういうのは聞きたくありませーん」
 耳を塞いで笑うロイドに、スザクの顔が歪んだ。
「ねえ、前にも聞いたけど、恋って何だと思う?今の君は。願い?執着?それとも欲望?」
「……呪いです」
「へえ」
 ロイドが唐突に笑うのを止めた。
「…確かに、呪いかもしれない、ねぇ」
「概念しか知らなかったんじゃないんですか?」
「うーん。今のこれが恋なら、たちの悪い呪いだよ?一生続くかも」
 他人事のように話すロイドに、スザクが頷いた。
「一生、続かせます。僕は、願いを受け取りましたから」
「それって報われないよねぇ?いいの?」
「いいんです。俺が、決めたことだから」
「片思いのまま人生を終わらせる、って?」
 ロイドの声が低くなる。機嫌が悪くなったことにも気付かないスザクが、また頷いた。
「……お揃いだね。その分だと僕も一生片思いかなぁ!」
 顔を背けてロイドが言った。
「…そんな、かわいいものじゃないです」
 ロイドが見ていない場所でスザクは目を細め、瞬きをして、
振り向く前に目を閉じた。










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スザクくんと
離れられない


「そうやって小さなところで収まっていたいんでしたら、止めませんけど」
「そうじゃない」
 息をもう一度飲み込んだ。
「そうじゃないんだ。もうスザクくんと一緒に居られない。だって、
 スザクくん、僕と居ても笑わないじゃない」
 スザクくんは笑わなかった。
泣かなかった。
怒らなかった。
「……そう、ですね。ロイドさんはいつも勝手で、酷いことばかり言って、
 勝手に人の心に踏み込んできた」
「踏み荒らしたって言っていいよぉ」
 胸元を強く掴んで絞る、いたい、いたい、痛い。
引き絞るように声を出して、涙がにじんで、それでも優しいことなんて僕はスザクくんに何一つ言ってあげられないから、ね。

「でもそれが、僕が一番、素のままで居られた時間でした」
「へ」
 壁を掴んでいた手を取られる。何が起こっているかよくわからない内に、瞬きをして首を上げた。筋が変な音を立てた。
「ありのままの僕を、見てくださって、ありがとうございます」
 無骨でたくましい手のひらが僕の貧弱な手を解いて開かせて、握らせた。
筋肉でごつごつして、タコがとがってて、皮がむけてて、手触りなんてちっともよくない。
「…スザクくん、顔はかわいいのに手はおとこのこなんだね」
「よく言われます」
 ロイドさんの手はやわらかくてさわりごこちがいいです。

ひ、と声から変な音が漏れて反射的に手を引こうとした。血が昇る、背筋が反り返る。

「離してよ」
「いやです。だって、離したら行ってしまうでしょう」
「うん。スザクくんのいないところへいくよ」
 だってもう疲れたもの。
力を抜いて項垂れれば土に汚れた彼の靴と、ほんの少し埃の積もった僕の靴先が視界に入った。

「ねえきみ、しあわせになりなよ。もう二度と、手放しちゃいけないよ」
 口の端を引いて、へらり、笑って眼鏡を押し上げる。
「スザクくんはもう、諦めなくていいんだ。邪魔するものは、もう何も無い」
 僕も、スザクくんの世界から、居なくなってあげる。そうしたら理想を追える。
「…もう、僕も子どもじゃないんです。知ってます、俺の求めたものは歪な理想だったって」
 俺と口にした彼に口が歪む、押さえられない。いいや、押さえた試しなんかない。
「でもそんなスザクくんが、スザクくんだけが僕に飛ばして、見せてくれた」
 真っ白な翼が広がって、どこまでも遠くまで飛べると。
証明してくれた。

「ねえ、ありがとう。最後までこうやって、手を握ってくれて」
 そっと手を重ねた。
「もう消えないよ、このぬくもりは」
 一本ずつ指をほぐして離させた。



そうして二度と振り返らなかった。
懐かしいラクシャータ達と、小さな箱庭みたいなナイトメアを作るだけの世界で、僕はまた僕が好きなようにやりたいことができる世界に戻る。

思えば、アッという間だった。
あんなに濃密で、めまぐるしくて、体の根底から変えられてしまうなんて。

「ねえ、人生はまだ、楽しいねえ」
 自分の腕で自分の身体を抱きしめて、くつくつと喉を鳴らした。
空はまだ、あの日から高く、青いまま。

笑う振りをして、ぎこちなく泣いた。

共にかなしみを分かち合った腕は置いてきたから、
もうない。
一人で歩きながら、泣き続けた。





大丈夫、
泣き終えたらまた笑うから、
スザクくんが心配することはもう、何もない。


スザクくんは僕のいない人生でどうか、
邪魔されずに生きてほしい。
「卑怯だ!」
「……知ってるよ」
 後ろから追いかけてきた声は、優しい愛の告白なんかじゃない。
耳元でハウリングした声に呼ばれるように、ひびわれた声で振り返る。
口をすぼめ、目を細め、眉を寄せて揶揄する。
「知ってるよ。僕はスザクくんよりずっとオトナだからね。ずるいんだ」
 くつくつと喉を鳴らしてまた笑う。
「邪魔だって思われたくないだけじゃないか!自分が痛い思いをしたくなくて、逃げるだけじゃないか、そんなの、そんなの卑怯だ!」
「……ねえ、それの何がわるいの」
 顎を引いて睨むように、目を合わせる。
「なにがわるいの」
「だって、みんな、立ち向かって…」
「スザクくんの進路はもう邪魔しない。スザクくんの気分はもう害させない。僕はスザクくんにあんな方法でしか接せられない。終われば全部、なくなる、ほおら、ハッピーエンド、じゃない」
「違う、違うそんなの!」
 首を振って嫌がる彼がいっそ可笑しく感じてきた。
「逃げても何も変わらないのに!」
「うん、そうだね」
 否定をしても肯定をしても反発されるとわかっているから、ただ頷いた。
「できれば逃げたくないよ」
「逃げなければいい!」
「…疲れちゃったんだぁ。さっきも言ったでしょう?」
「疲れたら寝て食べて起きれば治るって、ロイドさんが僕に言ったことじゃないですか!
 頭なんて使わなくても生きていけるって!スザクくんなら大丈夫って、
 あなたが言ってくれたのに!」
「……やめて、もう、やめて。僕はやめる。すがらないで」
 彼が強く名を呼んだ。黙って首を横に振る。
「こどもすぎてもう嫌になったんだよ。僕はオトナだからね? 成長期なんてとっくに過ぎたの」
「一緒に居るって言ったのに!」
「生きてれば嘘くらいつくよ」
 じゃあね、
きつく握っていた手を離して、最後に手を振った。
彼は泣きながら怒っていて、
僕は手を振りながら忘れられないだろうなあとぼんやり考えていた。
きっと本当に、少し休んだらまた懲りもせず彼のところに僕は行くだろう。
顔を見せて、彼の驚く顔を楽しんで、なんでどうしてって聞く彼にこう言うんだ。
「もうちょっと結論を先延ばしにしても、いいかなって思って」
 何せ未来はたくさんある。
明日を貰ったから、余るほど、そりゃもう希望ある困難な、苦難な道がお膳立てされ、恵まれすぎたほどの僕の環境ではそれもいっそスパイスにしかならないだろうし。
だったら一人くらいめんどくさい子と、ほんとうにくたくたになるまで付き合ってみるのも、まあ、いいかもしれない。


 疲れたけれど、戻ればきっと彼は緩んだ笑顔を浮かべてよかったといって涙を浮かべて笑うんだろう。そうしていつか、僕が逃げ出す前に必要だと気付いて、捕まえてくれたなら、もしかしたらそれは、ハッピーエンドというやつかもしれないと思った。

 空にひとつの名を呼んだ。
皇帝陛下、
「彼はまだ元気ですよ」
 きっと誰が欠けても、僕と彼はうまくはいかなかった。誰がいても、うまくはいかなかった。だからこれからも、ぶつかっていくしかない。

「あーあ、全く」
 腕を広げだらりと下ろした。肩の力を抜いて、腰に手を当てる。
「んんー」
 思い切り背を伸ばせば、ほんの少し荷物が軽くなった気がした。
何も背負ってはいないはず、なんだけどなぁ。
「解けない問題ほど面白い、ってことかなぁ」
 それとも困難が待ち構えているのが嬉しい?

面白くもない世を面白く、
まだまだ彼に飽きそうもない。

力を抜けばおなかが鳴った。コーヒーと、何か甘いものが食べたいなあ。
鼻歌を歌いながら歩き出した。

涙はまだ、止まないけれど。
空はまだ、眩しいほど高いけれど。
僕はまだ、生きている。
彼もまだ、生きている。
こんなにたくさんの可能性を貰っておいて、いらないなんて勿体なくて言えないよねえ。

ステップを踏んで撥ねると、見ていたらしい人が驚いたような声を上げたのが、今日は一番面白かった。







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ロイド・アスプルンド元伯爵と
身内になるまで




「誰に謝ったらいいか、わからないんです」
 置いてけぼりにされた子どものように、スザクが呟いた。








ルルーシュは腹を立て、その足でロイドの研究室に怒鳴り込んだ。
特派という、前にあった組織を模した、飾り気のない倉庫のようなナイトメアフレーム格納庫の片隅にあるスペースのことだ。
ノックが必要な扉すら、ない。
「ロイド・アスプルンド!話がある!」
「あーれー? どうしたんです、皇帝が自らお出ましになるなんて!」
 あっはあ、お茶もないですよぉ。
ロイドがひらひらと手を振って椅子を回して振り返った。
「茶はいい……いや、長くなるから淹れる。座っていろ」
「はーい」
 パソコンに再び向かおうとしたロイドにルルーシュが釘を刺した。
「手は膝だ」
「はあい」



 元ナイトオブセブン直属の元キャメロットたるトレーラーが直接乗り入れられる程広い倉庫染みた場所の一角は、パソコンと冷蔵庫と僅かな電化製品が固まっておいてあった。
小さな、本当にカップとソーサーと菓子皿しかない食器棚からカップを取り出して、顔を見ずに声を投げかける。
「お前のカップはどれだ?」
「はあ、どれでもいいですよー」
「よくはない、客用らしきセット以外は大きさも形も色も違う。つまり個人用に揃えられたものだ」
「いいんですけどねえ。皇帝が選んで下されば」
「…客用のを借りるぞ」
「はあい」
 ほとんど使われていないのか、一番奥にあったカップとソーサーを取り出し埃がついていないか検分する。
「流し場はないのか」
「あちらにー」
 いやあ皇帝じきじきに水仕事をしていただくなんてねえ!
へらへらと笑って眺めているだろうロイドの視線を受けながら紅茶を入れるよう整えた。
「終わりました?」
「沸くまで待て」
 ゼロの仮面をつけて中継に出た時もそうだったが、この男はだらしがない。
座り方が大体けじめがない。膝に置けといった手で椅子の縁を掴み、股を開いてぶらぶらと足を動かしている。子どもか。

 時計を見ながらロイドの姿勢を睨んでいると目が合った。笑っている。
「面白いねぇ」
「何だ」
「スザク君はお茶を煎れる時はポットから直接お茶ッ葉を入れて、蒸らすのも勘で、」
 長い指を一本ずつ折りながらロイドが数えていく。
「できましたよーって言って注いでいくのもそれぞれのカップにちょっとずつ回し入れていって、」
 最後には開いて手を叩いた。
「熱いですよ、って言いながら渡す!」
 丁度ソーサーを手に目で促してテーブルに置いたところだった。
「……それは緑茶と紅茶の煎れ方の違いだ」
「あぁ、グリーンティーとゴールデンルールって奴ですねぇ!」
「そうだ」
 頷いてカップを傾ける。香りもよく出ているし茶葉自体も悪くはない。
「あつ!」
「…冷まして飲めないのか?」
「ラーメンを正しく食べられる皇帝とは違いますう」
 口を尖らせてロイドがソーサーを少し遠くに押しのけ、カップを置いた。
「で、話って何なの?」
 頬杖をついてロイドが首をかしげた。

「……スザクが」
「スザクくん」
 ロイドが頷いて先を促す。
「スザクが、あの頭で考えるのが下手な筋肉馬鹿が、悩み事を言っていた」
「へえ! それはそれは」
 あのスザクくんが君に悩みを?
ロイドが目を猫のように細めて背を屈め大袈裟に感心した。
「いや、直接は…聞いていない」
「盗み聞きとは古きゆかしき身辺調査方法ですねえ!」
「違う! 聞こえただけだ! 部屋の前を通りかかって、偶然戸が開いていたから、偶然聞こえてしまった」
「ふうん、自動で開くセキュリティも完全な戸が…偶然ですかぁ」
 ぐ。
詰まって口を引き伸ばす。
ルルーシュが黙り込むとロイドが笑った。
「まぁ、聞こえちゃったということでー、いつの世も権力は強いものですしぃ」
「さっきから遠慮がない癖に何を」
「スザクくんの悩み事をわざわざ僕に、走って知らせて下さるほど切羽詰ってる様子ですし」
 …しまった。
息を落ち着かせるのはいつも戸の前だったので、かろうじて脱いできた帽子以外はそのままだった。
「聞くだけならできるよ? まあ、皇帝へーかより大人ですしぃ」
 段々と敬語が外れてきている。しかしそれを指摘すればまた混ぜっ返されるだけだ。咳払いをして口火を切った。

「…話しかけている相手はおそらくユフィだ。遺品だという羽ペンを持っていた」
「大事にしてるよねえ、あれ」
 ロイドがうんうんと頷いて先を促す。話を聞き出す筈が、気が付くと主導権を握られている。
最初から主導権を離さないパターンを捨て、話を続ける。
「表情は……無表情ではなかった」
「思いつめた様子で?」
「いや。どちらかと言えば途方に暮れたような…」
「呆けてた、と?」
「そうだな」
 気が抜けたような顔をしていた。内容の深刻さとは裏腹に。
「ははあ。寝ぼけ顔に近いあれですね」
 自分では真剣な顔を作っているつもりでも、スザクは時折ひどく子どものようなあどけない顔を見せる。
…それを知っていたとは。
「スザクは父親にトラウマがある。知っていたか?」
「あぁ、やっぱりぃ? 何かあると思ってたんだよねーでも最近はそうでもないし」
 くそ。
「……メンタルチェックは万全な様だな」
「貴重なデヴァイサー、得がたいパーツだったからねえ」
「だった?」
 スザクはロイドを紹介する時、不思議な顔をしていた。
珍しく困ったような、少し照れたようにうつむいて気恥ずかしそうにしていた。
 ミレイ会長とニーナからの情報によると、常識がいささか足りない人間の筈だ。
移ってきたほかの研究員からも「デヴァイサーをパーツ扱い」していると聞いた。
「パーツにパーツとされちゃったんです」
「…あいつはいい奴だからな」
 しんみりとした空気でもう一口紅茶を口にする。今度はロイドも咳き込まなかった。

「……誰に謝ったらいいかわからない」
「はい?」
「そう、言っていた」
 カップを両手で握りしめる。水面に映る顔は波打っていた。
「あいつが、間違っていても悪くないって言い張っていたあいつが、あんなことを言うなんて」
「皇帝は、小さい頃スザクくんと一緒だったんですか」
「そうだ。何も知らずにいた、ただの子どもだった」
「はあ……。その頃とはまた違うでしょう」
 呆れたようなロイドのため息に頷く。
「本質的には、でも」
 スザクは、スザクだ。その筈だ。
「スザクくんだって、変わりますよ。特にゼロが出てきてから、随分変わった」
 ロイドがカップを持ち上げて紅茶を飲んだ。音だけが聞こえる。
いや、
顔を上げてロイドを見て、目を見て言う。
「違う。あいつは、白兜……」
「ランスロット」
 ロイドが珍しく鋭く口を挟んできた。
「ランスロットです」
「…ランスロットに乗っていなければ、あんな風にはならなかった筈だ」
「それはどうでしょうねえ」
 彼ほどのポテンシャルを秘めておきながら、一兵卒で居るなんて効率が悪すぎる。
「シュナイゼルでなければ、お前を召し上げることも、また日本人をナイトメアに乗せることもなかったろう」
 ロイドの眼鏡の向こうを見定めて睨む。
「お前じゃないのか? 本当に、あいつを変えたのは、力を与えた、
 お前じゃないのか?」
 ロイドは笑った。ほとんど俺が言い終わらないうちから口を広げていた。
「そうかもしれないねぇ、」
 オメデトーも残念デシターも声は上がらなかった。珍しく、大人しい反応だった。声も出さずに、穏やかに笑っている。
「でも君がいなかったらこんな風にもならなかったよねえ、それにスザクくん、謝らないしぃ」
 しかしそれも一瞬のことだった。
「…そうだ。あいつは謝らない。本当に、どうしようもない時にしか」
「しににいくとき?」
「……そうだ」
 がり、噛み締めた奥歯から音がする。
「あいつは馬鹿でしにたがりやでどうしようもない! こっちが引き止めてないと、すぐに身を挺して命を救おうとして!」
「あはぁ、よくわかってるねえ! しかも手遅れになってから、こっちが聞いてないって時に?」
「そうだ! 何でもっと早く相談しない!?思いつかないのか!」
 強く拳をテーブルにたたきつけるとソーサーが震えた。
「思いつかないだろうねえ、考えるより速く動けるからぁ」
「指示に従っている間はそれでいい! あれで考えているつもりなのが始末に終えない!」
「彼、作戦指揮もほんっとに下手でしたしねぇ」
「読みやすい思考をしている癖に時々予想外の方向に暴走するんだ!あいつは……あいつは馬鹿だ!」
 頭にきてカップを持ち上げ、一気に煽る。思ったよりも底に残った渋みが苦い。
「……その馬鹿に、未来を任せる気でしょう?」
 勢いで立ち上がっていた。見下ろせば、ロイドはこちらを見てはいなかった。
開発中のゼロ専用ランスロット、スザクのための、新しい機体の素体を眺めていた。息を吐いてもう一度腰掛ける。
「そうだ。俺は信じている。俺を信じてくれた、この世界と、」
「スザクくんを?」
 頷いた。
ロイドは今度は笑わなかった。

「……君もそうなんだけどね、彼も…スザクくんもまだ子どもだよ」
「もう子どもじゃない」
「そんなことを言う子は子どもに決まってるんですー」
「お前こそ!」
 指差せばロイドが目を瞬かせた。
「僕は人間としてはおかしいって言われますけどぉ、一応大人ですよ?
 …大人だから、子どもに全部任せるなんて、気が引けちゃってー」
 あっはーと笑うロイドはひどく子どもっぽい仕草で身体を揺らしている。何だ、くねくねとさっきから。
「いいだろう。そもそもはじめたのは俺でも、続けさせたのは、止めなかったのはお前だ」
「止めたんですよぉ」
 ロイドがぴゃっと手を頬に当てた。何だ。
「そしたら殴られたんです」
「……スザクならしょうがない。俺も最初にやられた」
「へえ!初対面であれを!」
「…痛くはなかった!」
 拳を握る。ロイドがその拳を見ていた。見ていることは、わかった。
「僕は痛かったですねぇ、痛くて痛くて、悲しくって悲しくってたまらなかったなあ!」
 ばんざーい!
ロイドが両手を広げて反り返った。
「ラウンズになってからも、クーデターに協力するとからしくないこと言うから嫌いだよって言ったのにぃ」
「聞かなかっただろ」
「その頃には僕はもう無視ですぅ」
「スザクだからな、しょうがない」
 テーブルに手をついて今度こそ席を外すために立ち上がった。

「気が済んだ。俺は謝られたいわけじゃない、これはあいつの問題だ」
「そうですねぇ、まぁ皇帝がすっきりされたなら良かった」
「ありがとう」
 手を差し出すときょとんとした顔をしていた。
「……片付けるんだ!」
「ああ!お願いしますねぇ」
 本当は握手を求めていたとは口にせず、ソーサーを受け取って再びシンクへ向かった。













 茶渋が落ちきったのを見て満足し、振り返るとロイドが冷蔵庫に頭を突っ込んでいた。
段々慣れてきたぞ、こいつ、落ち着きがない。
「…何してるんだ」
「えぇー?いやそういえば8時間ほど栄養を摂取していないことに気付きましてぇ、」
「食事は大事だ」
「って、よくセシルくんにも言われるんだけどねぇ」
 ごそごそとロイドが冷蔵庫をあさる。しゃがみこんで白い冷蔵庫を眺める、その後ろに立って覗き込む。
ろくなものはなかった。
味なんてあってないような栄養補助食品とプリンを手に閉めようとするロイドの肩に手を置く。
「待て、お前まさかそれが食事のつもりと言うんじゃないだろうな!?」
「そうですけどぉ」
 プリン、食べます? へーかも。
首をかしげて見上げてくるがこれは一回りは年上の男だ、ナナリーがやったらさぞや可愛い動作もちっとも可愛げがない!
「駄目だ!栄養を何だと思っている!もっとバランスの良い食事をしてだな…」
「ああ!」
 スプーンを引き出しから取り出して咥えていたロイドが、手を叩いた。プリンは落ちた。
「スザクくんとおんなじこと言うんですねえ!」
 プリンを拾えば蓋にかたよってはいたが零れてはいなかった。カラメルがべっちゃりと伝っている。
同じくロイドが落としたスプーンを拾い上げ流しに置いた。
プリンをもう一つ冷蔵庫から取り出し、ロイドを呼んだ。
「こんなろくなものがない場所で食事をしようだなんて馬鹿げている!よって命令だ」
「はい?」
「これから自室で食事を作る!お前はそれを食べきること!」
 ロイドは目を丸くして口を開いていたが、頷いてついてきた。
「いやぁ、皇帝の作るご飯、楽しみですねぇ!」
「せいぜい美味いと言わせてやるから覚悟しておけ!」
 肩をいからせて先を歩けば、背後からは楽しそうな声が響いた。






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僕は僕の居ない世界へ行きたい。

願えば叶うんだよ。




 ため息をついて肩を回すと音が出た。
今はもう止める相手もいないから平気で徹夜してしまう。いけないいけない。気が付けば窓の外は真っ暗で、外に出ると人気すらなかった。

深夜でも研究所から歩いて帰れる宿舎で良かった。

 鼻歌を歌いながら明日の段取りについて考える。
おいてきた資料と、持ち帰った資料と、肩こりの原因であるパソコンの中に入っているデータで、どれだけ明日までに発展できるだろうか?

歌っていると足元がふらついた。

ああ、ごはん、食べてないねえ。

 そういえば昼も冷蔵庫にあったプリンを一つ食べただけだった。朝は? 朝は出かけにスタンドでサンドイッチを一つとコーヒーを買ったっけ。あれ、じゃあカロリー足りてないんじゃない?

 家に何かあったっけ。考えながらももう宿舎に着いてしまった。中に入ればきっと外に出るのが面倒だから、また明日買うことになるんだろう。カードを通して中に入る。
「ただいまぁ」
 返事はない。当たり前だ、単身者用でペットは小動物まで。滅多に帰らない家で飼いころす気もない。

足どり軽く靴を脱いで投げて冷蔵庫を開けてアイスコーヒーを手に居間と作業場を兼ねた部屋へ向かう。書庫はもう本で埋まって入れない。寝室は機器類を詰め込んだ。寝る前まで触れるように。

ソファとテーブルとあとは書類が散った部屋だ。廊下からドアを開いて首をかしげる。床がきれいだった。書類を踏んだ感覚がない。

おかしいなあ、と首をかしげながら目を凝らすと人がいた。

正座していた。

「ひいっ!」

 全身ぴったりとした服に身を包んで顔は仮面で隠してある。そろえた膝の上に手を置いて、側にはマントが畳んであった。

「あっ、ああー!何だ、きみ!」
 腰を抜かしたのでそのまま這うように近づくと、仮面が頷いた。
「…どうしたの?」
 無言。
「……とりあえずこれ外すよ?」
 首を横に振る。
「もー」
 顔が緩む頬が緩む、腰は抜けてるし糖分が足りなくて思考も働かないし部屋は真っ暗だし目の前の相手はちっとも喋らないのに。

「会いにきて、くれたんだねえ」
 少し遅れて、頷いた。
手を回してよしよしと背中を撫でた。

そのままずりずりと這って電気をつけようとすると先回りしてさっと立ち上がった彼がスイッチを入れた。

「あっ、片付けてくれたの?ありがとー」
 頷いて彼がローテーブルを指差す。机上の書類は綺麗に端を揃えて並べられていた。手に取ると一応どこに散らすのも重要度と〆切りによって分類しておいた書類がめちゃくちゃな順番で重なってた。でも部屋で踏むことはなくなった。
 トントンと音を立ててどうでもいい紙を揃えてテーブルの端に置いた。彼は立ったまま壁際で動かない。
目を細めて眺めていると、間抜けな音がした。
「あっはー、昼からプリンしか食べてないからぁ」
 頭を掻いて笑うと彼が動いた。
冷蔵庫を覗いてなぜか入っていたキャベツとハムを取り出し、戸棚の奥から粉末スープを取り出し、包丁とまな板を取り出した。ざくざくと大きさも適当にキャベツを切り湧かした湯へ入れていく。逆にハムは小さすぎるけれど、最後にコンソメを振って完成らしい。胡椒は?
「塩がその辺にあるからぁ、取ってくれるかな?」
 案の定彼は塩と胡椒をセットで持ってきた。スープは片手鍋ごと。
皿とフォークは一つずつだった。スープなのにフォーク。
「君はいらないの?」
 頷いた。いや、鍋から皿に移すのはここじゃなきゃだめだったの?
「ふうん、そう」
 ありがとー!いただきまーす!
日本文化に敬意を表し彼に礼を伝えフォークでスープを食べた。キャベツはところどころ硬かったし味は薄かった。まあ構わないよと一人ごちて胡椒を振った。スープを全部飲むと底の方にコンソメが溜まっていた。急いでアイスコーヒーを注いで飲む。
「ごちそうさま」
 手袋が音を立てて動いた。口についていたハムを拭われる。コツンと音がして仮面が揺れた。仮面をしてること忘れたんだね。
 彼の手を取って手袋の指からハムを舐め取る。

「詳しくは聞かないからさ、また電気消して」
 彼は首を傾げつつ言うとおりにしてくれた。鍋と皿とフォークは洗ってくれた。
暗くなれば部屋はほぼ見えない。窓から薄く差し込む月の光が、足元だけはかろうじて照らしてくれた。

「これなら、いいでしょ」
 再び寄ってきた彼の仮面に手をかけると、今度こそ彼は動かなかった。
そのまま後ろに投げて、柔らかな髪を撫でる。耐え切れなくなって、頭ごと抱えた。


 零れる涙を無視して、震える声でもう一度ありがとうと口にした。
「…っきてくれてありがとう」
 正体を問うのも今までどうしていたのかも聞かなかった。聞けばきっと彼は黙って去るだろうから。逃げるだろうから。
「……俺は、僕は僕の居ない世界に行きたかったんです、でも」
「うん?」
「それが誰も居ない世界だなんて、思わなかった」
 彼は胸のない薄い胸で呟いてた。僕の胸からは何もでない。柔らかくもない。おかあさんにはなれない。相槌を打とうとした。彼が続けたから、口を噤んだ。
「貴方の居ない世界だなんて、思わなかった」


 悲しいのか嬉しいのか彼があんまりバカなのか不器用なのか辟易してるのか、一瞬で真っ白になった。震える指で、髪をかき分ける。耳が見えた。見慣れた耳だ。ヘッドセットをかけるのにサイズを測ったことを思い出す。
「…うん、僕もね、今は一人」
 君が一人になったから、おそろい。
「……だから、君がいつここにきても、誰も知らない」
 口にした言葉はきっと彼がまた怒るようなことだ。
だけど、寂しさに耐えかねたのか、彼は頷いた。
「…ご飯はちゃんと食べないと駄目ですよ」
「うん、ごめんね」
 ゆっくりと触れてきた、背に回った彼の手は次第に強くなって、痛いくらいだった。

お腹の辺りが冷たい。泣いてるのかな。明日の資料もパソコンも投げてしまった。同僚は居ないから明日はゆっくり出勤しようか。誰よりも待っていたひとが来たのだから。ワインがあれば開けただろう、シャンパンの方が相応しいのかもしれない。ビールかけっていう文化もあったねえ。でも痛いくらいしがみ付く腕は当分離してくれそうもないし、この涙も、しばらく止まりそうにない。







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きみがいる



「どうしてそうなんですか」
「へ、なあに?」
 眉をぎりぎりと寄せて、スザクくんがこわあい顔をしていた。



「そこにいるだけで、余裕があるじゃないですか。いつも笑って、て」
 途切れ途切れにスザクくんが口を開いた。珍しいなあ、彼がこんなに不安定になるのは。
眼鏡のリムを押し上げ腰に手を置いて見下ろす。
「僕、俺は、生きてるだけでこんなに苦しいのに、どうして」
「怒りたいなら怒っていいよぉ」
 ひらひらと手を振って笑う。
目つきがさらに鋭くなって、さらに可笑しくなって、また笑う。
攻撃したいとか、八つ当たりしたいとか、そんなものに付き合うマトモさなんて持っていない。
「いいんじゃないですか?僕に何をしたって、ほら、ひととして壊れちゃってるからぁ」
 へらへら笑ってまた眼鏡を押し上げ、くるっと回って背を向けた。なんだか泣きそうだな。彼か? 僕が?
 泣かないように瞬きをしてポケットに手を突っ込んだ。
息を吐いて背を丸める。彼がぶつける言葉を待った。あんまりにも若い言葉ばかりの。
 息を吐ききらない内に衝撃が腰に走った。視界が回る。混乱しながら瞬きをすると足がもつれた。
視界がぼやけてよく見えない。軽い音がして眼鏡が飛んだことを知った。
「今はラグビーの試合中でもなければジュードーの組み手もしてないんだけどねえ」
 ため息をついて、硬くて冷たい床に頬が当たるまま起き上がる気も起きなかった。
泣きたくもないし怒りたくもない。痛いから笑うのもやだなぁ。顔から表情を消して呟いた。
「どいてよ」
 まあスザクくんが退かないのは分かってるんだけどね。
また殴られるのかなあ。痛いのは怖いなあ。怖いのは、嫌だねえ。
瞬きをして涙が出ないようにぎゅっと眉を寄せた。なんだかまた可笑しくなってきて、笑おうと顔を上げた。
 スザクくんは、黙ったまま、ずるずる縋り付いてきた。
俯いて顔は見えない。背中を丸めてちぢこまって、ぎゅうぎゅうと白衣に皺を作った。

そこに子宮はないからそこには還れないのに
だから孵れないのに

でも残念ながら僕は女の子になりたい訳でもないし人生に満足しているから息を吐いてスザクくんの背に手を伸ばした。
撫で下ろして、彼が背負うよくわからないものが祓えますようにと祈った。




 暫くしてスザクくんが口を開いた。
「なんでこんなに辛いのに側に居るんだろう」
「海でも行く?」
 彼は呆然と頷いたので、立ち上がってそのまま手を引いた。
仕事を上がるところだったから、僕は白衣で彼は真っ黒なマントを羽織ったまま。
 日が暮れて、イレヴンと呼ばれていた日本国民と、本国から出向する形を取っていたもう永住すると決めたブリタニア人と、子どもと、母親と、老人と、数え切れない人が逆方向の電車に詰め込まれて帰って行った。
一番端のホームで手を繋いだまま、僕だけが出て行く電車を見ていた。スザクくんは何か考えてるみたいで、顔を上げなかった。
豪奢に縫い取られた皇帝と揃いの、ナイトオブゼロの服なら、そんな気の抜けた顔でも様になっただろう。
だけど今は残念ながら、ゼロのマントを羽織ったただのコスプレ少年にしか見えなかった。
意固地にも仮面をつけたまま外に出ようとするのを、取り上げて、仮面が無い方が目立たないんだからと言い聞かせている内に終電の時間になっていた。

 砂浜が見える無人駅について、改札を通って背伸びをした。
海風は冷たい。塩か砂かよくわからないものが眼鏡にぶつかる。
そのままうひゃあと声をあげながら、砂に足を取られながら、先に波打ち際まで歩いていった。
靴をつまんで持って、石段近くに揃えておいて振り返った。
「ロイドさん、裾、折らないと濡れますよ」
 上の空のくせにそんなことだけ目ざとい。
跪いて、もう既に濡れてるズボンの裾をスザクくんが折った。スザクくんは膝まで既に折っていた。
「こっち」
「はい」
 鼻歌を歌いながらがさがさとPEの、俗に言うコンビニのビニール袋を揺らす。
「冷蔵庫にプリンがあったからもってきたんだー」
 はい、と、透明な袋に入った透明なPP製スプーンを二本出し、一本を手渡した。
軽い音を立ててアルミを剥がし、蓋の裏を舐めていると目が合った。
「セシルくんが見てないから、ね!」
 PPとPPが触れてかたかたと軽い音を立てた。
ちゅるちゅると固形とかけ離れた音を立てながらプリンを食べ終わって、スザクくんとの距離に置いた。
スザクくんも何も言わずに食べ終わって、カップとカップが肩を触れさせた。
僕とスザクくんの腰の間にカップが二つ並んで、その中にスプーンやアルミが入っていた。
丸めた背の後ろに白衣が広がって砂まみれになった。
スザクくんの後ろも黒いマントが広がっていた。
それを見て何か思い出したみたいで、だけれどゆふぃと声に出さずに呼んだ名前に、それ以上つっこんで聞く気にもなれずまた海を見た。

 それからは何も言わずに膝を抱えて海を見ていた。
寒いねえ、とか、どうやって帰ろうか、とか、言おうと思えば言えたけれど言わなかった。
スザクくんも、おなかすきませんかとか、さむくないですかとか、言わなかった。

 何時間経った頃か、じわじわ空が白んできた。
海平線から眩しくなって、光の筋が走って、どんどん、大きくなっていった。
太陽が昇るのを見たら目が悪くなると思いながら目を離せないまま、眺めていた。

すっかり日が昇ると自転車の音がした。鶏が鳴く。すずめが飛び立つ。朝の気配がした。もう夜は終わった。
「きれいだったね」
「きれいでしたね」
 裾を払って立ち上がった。
「あー、お腹すいたねえ」
「何か食べますか。あそこで多分売ってると思います」
 スザクくんが駆け出して、もうすっかりいつも通りだなあと目を細めてその背を眺めた。
砂で黒いマントが真っ白になっちゃって、ひどいことになっていた。
 始発まで時間があるからとだらだら二人で歩きながら、一つの瓶で水を分け、サンドイッチ、セシルくんのお手製じゃないフツーの味のサンドイッチを一口ずつ分けあって口にした。
スザクくんの手にあるまま首を伸ばして食いつくと、餌付けしてるみたいですねと苦笑していた。
 そんな風にふざけ合ってじゃれあいながら電車に乗ったものだから、半径3メートル以内の席はがらがらだった。





 そんな事もあったなあ。
思い出しながら、またうずくまってのしかかっている背を撫でた。
「今度はどうしたの」
「雨が降ったので」
「雨?」
「泣いてるんじゃないか、って」
「心配したの? きみがぼくを?」
 びっくりした。目を見張って手が止まった。
「いきなり家に飛び込んで押し込んで強盗かと思ったら君だし、で、襲うのかと思ったら泣き出して、心配?」
 脈絡がつかなくていっそ面白かった。笑い出すと、笑わないでくださいと膨れていた。


 海に行って、何も言わずに眺めていたけど。僕は、黙っていただけだけれど。
ほんとうは聞いていたんだ。「あの頃は幸せだった」ってぼんやり言ってるのを、背中で聞いて、堪らなくなったから、手を引いて海に行った。
 思い出せばなかなか危ないことしたなあって、今なら言えるけど、ねえ。
駆け落ち未遂でもなければ心中未遂でもない。そんな物騒で大それたものじゃない。
 ただほんの少し日常の、夢に落ちる夜の一幕を、海辺で過ごしただけ。
鈍感すぎて何もかも感覚を遮断してそうなスザクくんの、手とか繋げたこと。
手を伸ばせたこと。僕が君を、引っ張りまわせたこと。引っ張りまわされてばかりの僕が。

 何かを諦めるつもりは毛頭ない。今日も新しい朝が始まる。明るく希望に満ちたものだ。
スザクくんの親友で、ブリタニア最後の皇帝が残してくれた明日だ。
笑って生きよう。好きなことができるんだから、笑っていられる。
スザクくんがいる。

きみがいる。

「とりあえずおなかすいたから、朝ごはん食べたいなぁ」
 呟くと撫でていた背が飛びのいて、あっという間にキッチンに飛び込んでいった。
マント脱ぎなよーと声をかけるとはいと律儀に返事が返って来て、おっかしいなあ、と笑った。

だってきみ今日誕生日じゃない。生まれてきてくれてありがとうって言う日じゃない。なのに朝からこんな三十路も過ぎた男やもめの家に上がりこんで、おさんどんなんかしちゃって。ばかじゃない? ばかだよね!
「スザクくん!」
「はい、何ですか?味噌汁は平気になりましたよね?」
「だいすき!」
「げほっ」
 味見をしていたらしいスザクくんが咳き込む声が聞こえた。可笑しくてたまらないから、お腹を抱えて床に寝そべったまま笑い転げた。










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甘い物には福があるって言うし?



「君も大変だったねぇ」
 訳知り顔で、珍しくねぎらいの言葉を口にした。しかしスザクは全く、いつも通り聞いていなかった。
「アイスたべたいなあ」
「は?」
「暑いですよねアイス食べます?」
 ロイドが訳も分からずうなずくと、スザクはさっさと走ってアイスを買ってきた。
ソーダ味のぱきっと縦に割ると、一つの商品が二本に分かれるアイスだった。
「あ、そういえばるるーしゅこれ食べ方下手だったなあ」

「これね、偶数だからナナリーと、ナナリーってルルーシュの妹なんですけど、」
「うん知ってる皇女殿下でしょ。っていうか僕後見人やったよね。君と二人分やったよ」
 ぱきりと割ったアイスを差し出すスザクにロイドが淡々と受け取る。
「そうでしたっけ?
 だからナナリーと三人だとどうしても一個余っちゃって、ルルーシュは食べるの下手だからいっつも俺が食べてたんですけど、
 あの時ユフィが居たらなあ」
「皇女殿下?」
「はい、ユフィがいたらきっとおいしそうに食べたと思うんですよね。
 ユフィはソフトクリームもアイスクリームもすごく美味しそうに食べてて、クレープなんて鼻に生クリームつけちゃってかわいかったなあ」
「へえいいねえ」
 しゃくしゃくとスザクはあっという間にアイスを食べ終わった。ロイドはだらだらと中のクリームを舌でいじっていた。
「でもねえ、ユーフェミア殿下ならおやさしいからコーネリア殿下とかシュナイゼル殿下の分もって言うんじゃない?」
 スザクのように歯を立てることも無く、ロイドは舌で何度も舐める。外側はうすく透けるソーダ味のシャーベットで、内側はバニラアイスだった。
気泡がはじけるわけでもないソーダ味という概念を知った時は面白かった。
「そうでもないですよ。ユフィは優しいですけど見境がないわけじゃなかったですから」
「ふうんそうなの」
 しきりにスザクはユフィが居たらなあと繰り返していた。
「あ、」
「なに?」
「いや、ロイドさん」
 あわてた素振りのスザクにロイドがお金?と代金を差し出そうとポケットに手を入れると違いますと首を振った。何かを忘れて焦っている顔だった。
「は?」
「ロイドさんを入れてないですね」
「ぼく?なんで?」
「いやロイドさんだけ仲間はずれじゃないですか、ごめんなさい」
「えーだって僕が入るとまた奇数じゃない!それにもし居たらよかったねの話なんでしょ?
 想定に入れないだけで謝ることないでしょ」
「でもごめんなさい、ロイドさんと話してるのにロイドさんがいない話になってしまって…」
 スザクはしきりに謝って、最後に頭を下げた時にとうとうロイドがアイスの棒に歯を立てた。
「馬鹿だねえきみ」
 くしゃっと顔を崩してロイドが笑う。眩しいねえと目を擦った。スザクが目が腫れますよと手を引いた。顔がちかづいた。キスをした。
もうルルーシュもいないユフィもいない。あったかもしれない事は二度と起こらない。ナナリーとアイスを分け合うこともない。

「アイス、買って帰ろうか。それで、セシルくんとニーナと分けて、きみと僕で分けていたら…」
「ジノがきますね」
 どこからともなくジノはいつもスザクの前に姿を現していた。
「そうそう、それでシュナイゼル殿下がきたら偶数だ。呼べばいいよ。ギルフォードもコーネリア元皇女殿下も」
「お口にあいますかね、庶民の味で」
「いいんじゃなあい?」
 とぼとぼと手を繋いで帰った。
墓参りの帰り道のことだった。





(それは余り物に福がある、です)
(そうだっけ?)


■あとがき
/スザクさんの生活圏内や想定環境にロイドさんが加わることはないよね
ってロイドさんは分かってるけど
そこにスザクさんが気付いたら嬉しいよね
スザクさんお誕生日おめでとうございます。
元気いっぱいに健やかに人生をまっとうして下さい。
ロイドさんと30年後も居て欲しい。
/


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夢みた終わり

 夢を見たんだと話していた。夢の中で可哀相な子を見た、それは君に似てたとロイドが笑った。
「僕はとっくに壊れてて、人の命より兵器を優先するにんげんだからねえ」
「ロイドさんはうそつきですね」
「はえ?」
「可哀相って言ったじゃないですか。可哀相って言ったなら、人の命が大事とか、誰かが大事だとか思う心が、あるじゃないですか。可哀相って言ったロイドさんをそうやってなかったことにしないでください」
「君から僕に「関係ない」って言ったことじゃない」
「僕が言うのはいいんです、僕はロイドさんじゃない。俺はルルーシュでもない」
「そうだね、人は分かり合えない」
「分かることが大事なんですか。分からなくたって」
「そうだねえ。大事なんじゃないかなあ。君だって皇帝のゼロレクイエムを受け入れたのは分かったからじゃないの?」
「許してませんよ、あれは」
「あーそうだったっけ?神なんて非科学的なものは僕は専門外ですからねええ」
「僕は、俺はこの目で見ました」
「そう」
「皆の心が解け合って嘘のない世界なんていらない、分かり合えなくても明日が欲しいってルルーシュが言ってました」
「その、皇帝の仰る明日には皇帝本人は居なかったわけだけどね」
「……っ」
「なんで君が泣くの。さっきから僕が堪えてるっていうのにさーつられちゃうじゃない?」
「す、みませ、」
「んーいいよぉまあ、君のせいで僕が泣いてるんだあ」
「は、い」
「君が僕を壊れてないってさっき言ったせいだからねえ」
「ちが、います、こわれて、どころ、」
「あーあーもーほら鼻かんで、チーンして!」
「ううっ……」
「顔をくしゃくしゃにしてなくよねえ、きみ」
「ロイドさんは、優しいです」
「は?」
「ロイドさん、さっき目が覚める前に、医療ベッドで寝てるときに、起きたら笑ったじゃないですか」
「そりゃ君が僕の手の平を破壊せんばかりに握ってるから痛かったんだよ。ほんとーに痛いと笑っちゃうよ?」
「起きて、泣き笑いながら、言ったじゃないですか。「もうここで君を泣かせないよ」って。「生きてる」って」
「そりゃあ僕は臆病だからねえ、戦場なんかで負傷してしにたくないもん。まだまだ研究だってし足りないし。君を泣かせてる暇なんてないんだよ……って言ったつもりだったけど」
「泣かせないって言ったロイドさんは、優しいです」
「はあ、君は人の話も相変わらず聞かないし頑固だねえ」
「手の骨、ほんとに折れたんですか?」
「折れてても君には教えてあーげない!」
 きっと気にするだろうから、と口をつぐんだ。いたずらっぽくロイドが見上げると、スザクと目が合った。二人で噴き出して、泣き顔は笑顔になった。

 ユフィの目指した世界はまだこない。けれど。
「君がしぬまでデータ取らないともったいないじゃないほら、だからきみがしぬまで僕が見届けてあげるから」
「ロイドさんの方が年上なんですから、ロイドさんが先じゃないとだめですよ」
 できるなら二人同時に終われたらと思った。



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あのね、言いたいんだけどね、


「僕はね、壊れてる人間だから」
 なんでそんなことを言うんですか、とスザクが尋ねるとロイドは首を傾げた。
「そんな悲しいことを言わないで下さい」
「そういう意味だったの? 初耳だよお」
 あっはあと笑いながらロイドが一回転してみせた。
「なんで僕が壊れてたら君が悲しいんだい? 誰も彼も壊れてるみたいな世の中じゃない」
「誰かじゃなくて、ロイドさんは優しい人だから、人でなしで優しくないといわれるのは、俺が、悲しいです」
 句点でひとつひとつ区切りながらスザクが呟く。握り締めた拳が白くなる。
「君は優しいねえ」
 よしよし、と笑いながらロイドがスザクの頭の上で手を揺らす。ふわふわとした毛は触ると気持ちが良さそうだねとロイドが呟く。
「じゃあ、じゃあ触ればいいじゃないですか。撫でるのもそんな風に振りだけなんて悲しい」
「君は悲しいばっかりだねえ! ま、いいんじゃない?かなしくったって」
「え」
「悲しみがあるから楽しーんだしねえ、人生」
 ふわふわと見えない丸い輪郭をなぞるように手を揺らしていたロイドが手を下ろした。鼻歌を歌い始める。腰の横で腕を振る。踊るような素振りにスザクが首を傾げた。
「それって前向きなんですか?」
「あのねえ、スザクくん」
「はい」
 スザクが太ももの前で手を揃えた。ロイドが下を見ると隣でアーサーも同じ様に足を揃えている。そっくりだねえと破顔して、ロイドが腕を組む。
「壊れてるのは事実だから、悲しがったってどうしようもないでしょ?」
「あります」
「はあ?」
「壊れてないと言えばそれがルールになります」
「現実を捻じ曲げてどうするの」
 ロイドが堪らず笑い出した。
「まーったく君は面白いねえ!」
 手を叩いてロイドが喜んだので、スザクは満足したような気分になった。






■あとがき
遅れましたが2月2日ロイドさんお誕生日おめでとうございます。
ロイドさんの僕は壊れてるからという発言をずっと引きずってきました。なんとなく負い目のように解釈してたんですが、 別に負い目じゃない可能性もあるわけですよね。


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悲しいときに


 スザクが呆然と爆心地に座り込んでいるとき、ロイドは声をかけようとした。声をかけようと思って、何て言うか考えて、声をかけようと準備をしたのだ。したけれども、とても声をかけられなかった。茶化したらその場で切り刻まれそうな殺気を孕み、背を押したらそのまま死んでしまいそうに薄い影を抱えていた。

 だから、ロイドがその言葉をスザクに伝えたのはゼロレクイエムも終わって随分経ってからのことだった。爆心地で何を考えていたかすらスザクはすっかり忘れていた。それどころか、最近ではナイトオブラウンズになってからの一年間で何があったかさえ記憶が薄れてきたと言うのだ。スザクにとってはあの優しい悪逆皇帝と触れあっていた期間がそれだけ濃密だったということなんだろうとロイドは「熱烈な恋みたいな?」と茶化した。ロイドにも時間は流れていた。ゼロレクエム直後はとてもそんなことは口にはできなかった。スザクは少し笑って頷いた。
「俺は許せなかったから」
「君が再会するまでに忘れてなかったら、もう一回殴り合えばいいじゃない?」
「どこで?」
 もう会えないのに、とスザクが口にしなかったから、ロイドは笑った。スザクがその一言を言うと、ロイドは涙を堪えてくしゃくしゃな顔になる。それを指差したスザクにロイドが笑われる羽目になるからだ。そんなことを繰り返してきた。
「向こうがあるんでしょ? 君と、緑のあの不死身の彼女と、皇帝と三人で思考エレベーターの向こうに行ってきたんでしょ?」
「……まだありますかね、死後なんて」
「死後じゃなくても、いつかどこかで会うんじゃない? 専門外ですけどぉ、僕はそう聞いたよ?」
「死んだらもう会えない気がします」
「生きてればもっと違うこともあるかもしれないよ?」
 スザクは首を横に振った。そのときようやく、ロイドはスザクが悲しんでいることに気付いた。
「……なにかあったのかい」
「分からないんです。無性にかなしい」
 ロイドが迷い無くスザクの額に手を伸ばした。スザクの前髪を上げて手を当てる。
「熱はないねえ」
「体はどこもわるくないですから」
 ぷるぷると首を振るスザクは子犬に似ていた。成人したのもとうの昔だというのに、ロイドにはスザクが子犬に見えた。
「あのね、これはずうっと前に君に言おうと思って考えてたことなんだけど」
「なんですか」
「君が聞いてくれそうなのが今だから言うよ。言ってもいいかい?」
「どんな話か聞かないと分からない」
 ロイドの手の平にぐりぐりとスザクが頭を押し付ける。目を瞑って、頬が少し緩んでいる。
「くすぐったいよ。そうだねえ、かなしいことがあったときはちゃんと出した方がいいよ」
「出す、ですか。説明ですか?」
「まーそれも大事だけどぉ、何が悲しいかよくわからなくっても、涙を流すなり笑い転げるなり怒って大声を出すなり、身体を動かして戦うなりするのが一番大事」
「へえ、料理は?」
「料理もいいよ。君には向かないけど、絵とか小説とか詩を詠んだっていいの。とにかく吐き出すこと。表情や声に出すことが大事なんだよ。でないと」
 ロイドが瞬きをした。
「壊れてしまうかもしれない」
「壊れませんよ、人間は」
「まあ君はそうだろうね、でも人間は壊れやすいものだって僕は知ってるから、だから君に当てはめようとしちゃう。だから心配になる」
「要らない心配です」
 スザクが額に手を当てた。目を細めて、肩の力を抜く。ロイドの手を自らの額に押し当てるようにして、きもちいい、と呟いた。
「俺は壊れない」
「そうだね。それに、ここに居る」
「生きてます。ロイドさんも」
 スザクがロイドの白い手を握る。手の皮は柔らかく胼胝は剣を握るのとも操縦かんを握るのとも違う位置にあった。
「泣く?」
 ずるずるとスザクがロイドの手を滑り下ろして、目を覆った。
「いいえ」
「じゃ、僕が代わりに泣きましょう」
「筋違いです、迷惑です、やめてください」
「嫌がらせで泣いてあげるよぉ、おめでとー」
 ぱっと花が咲くように笑って一瞬後に、ロイドがわんわんと子どものように泣き出した。それこそ子犬のようだ、とスザクはばつが悪くなって、両手でロイドの手を顔の上で握り締めた。ロイドが泣き飽きるのが先か、スザクが顔を晒すのが先か、根競べになりそうだ。


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